いくつかの折々の手紙

哲学などに関わる軽い読み物

二次創作:占い師と作家の話

 名を呼ばれ城門へ向きなほるとき馬なる下半身があらがふ  (川野芽生『Lilith』)

 

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 そうか、話してくれてありがとう。あなたの話を聞いていて、思い出したことがある。僕の叔父さんの話をしていいだろうか。

 僕の叔父さんは変わり者だった。首都の大学を卒業した後、この町に戻ってきて、しばらくは役所で働いていたが、急に辞めて、家に引きこもるようになった。その後も代書人としてお金を稼いでいたが、それは彼の生業ではなかった。彼の本当の職業は作家で、もっぱら過去の諸事実を書き留め、構成することに集中していた。彼の意識は、僕たちの先祖のことを含む、この辺り一帯の歴史に注がれていた。まるで自らに流れ込み、自らの目に映ったすべての細々としたことを、文字として定着しなければならないと確信しているのかのようだった。

 そんな叔父さんだったが、彼には恋人がいた。いや、「恋人」ということばが適切なのか、僕にはよくわからない。ふたりは偶に会っていた、ということしか僕は知らない。僕たちの家の暖炉の前で、ふたりが長いこと黙ったまま、一緒に座っていたのを、今でも覚えている。

 叔父さんの「恋人」は、町を越えて名声が響く凄腕の占い師で、彼は未来のことを何でも知っていると言われていた。当時、おんながおんなを愛したり、おとこがおとこを愛したりすることは、法律で禁じられていた。町中の人が、叔父さんと占い師のことをうわさしていた。しかし、ふたりは全く気にしていなかった。ある朝、川べりに叔父さんと占い師が並んで座っているのを町の若い衆が見つけ、彼らはある種の正義感と怖れから、ふたりにひどい暴行を加え、ふたりは死んだ。僕の家に運び込まれた、ふたりの遺体を包み込んだ包みから、変色した腕がだらんと垂れていたのを、僕は見た。あれは忘れられない。

 しかし、この事件を占い師は見通していたようだった。そして、あらかじめ手を打っておいたのだった。ふたりが死んでから七日目の朝、草原を疾走に伴う風が通り抜け、僕たちは来客のベルの音で目を覚ました。ドアを開けたところには、上半身が叔父さんで、下半身が馬のいきものがいた。ふたりが完全な体で戻ってくるのは難しかったのだろう、しかし占い師は自分は馬となり、叔父さんと一緒になることで、ふたり合わせてこの世に戻ってきたのだった。

 戻ってきたふたりは、生きていた時と同様、周りの目を全く気にしなかった。ふたりは僕と一緒に町に買い物に行ったりした。町の人々の怖れと好奇心はさぞ大きかっただろうが、ケンタウロスの持つ威厳が怖れから来る迫害を封じ、好奇心に駆られて僕たちの家をのぞきに来る人たちは、叔父さんと話し、その叡智に打たれて黙り込むのだった。何しろ、過去の探究者である叔父さんと、未来を見通す占い師が一体になっているのだ。人々はふたりの存在を受けいれ、中にはふたりに悩みを相談に来るものさえいた。笑ってしまうだろう。おとこ同士がいっしょにいることは受け入れないのに、半人半馬は受け入れるなんてね。

 ケンタウロスのうわさは首都にも伝わり、ついに王の耳にも入った。当時の王は珍しいものを大変好んでおり、異国から伝わる様々な宝を収集するのを趣味としていた。王がふたりを呼んで宴会を開くと言ってきたのも、全く不思議なことではなかった。僕はふたりに同行して首都に向かった。初めての首都、そして立派な城は、僕に鮮明な印象を与えた。そして、国中から珍しいものを集めて催された、城での宴会も。王はきさくだったが、その目には何か奇妙な炎が宿っていた。ケンタウロスは王といくらか会話し、王もその知恵に感銘を受けたようだった。王はさかんに酒を勧め、叔父さんはいつしか大変に酔っていた。

 宴会がお開きになり、客たちは帰り始めたが、ケンタウロスと僕は最後まで引き止められ、やっと解放されたころには、他の客たちは帰った真夜中だった。僕は、べろんべろんに酔った叔父さんを連れて、城門を出るところまで来た。すると、後ろから兵士の声が叔父さんの名を呼んだ。「王がみやげを持たせるのを忘れたとおっしゃっています、お引き返しください。」僕とケンタウロスは振り返って、並んだ兵士たちと向き合った。その時だった。ケンタウロスの下半身が出口の方にすばやく向き直ろうとし、何も知らない上半身が置いて行かれそうになってケンタウロスはもつれた。兵士たちはケンタウロスに飛びかかり、城の方へ連れて行こうとした。ケンタウロスの下半身は必死に城門を出るべく暴れたが、もうどうしようもなかった。ふたりは連れていかれてしまった。

 それからどうなったかって。知らないよ。知りたくもない。しかし、叔父さんたちは二度と帰ってこなかった。