いくつかの折々の手紙

哲学などに関わる軽い読み物

短歌雑記(『光と私語』から)

わたくしに差し出される任意の数字 街じゅうの人と指を指しあう 𠮷田恭大『光と私語』「光と私語」 枚数を数えて拭いてゆく窓も尽きて明るい屋上にいる 同上 この世界には、事物があふれている。それらのあふれを、数として(抽象化して?)見ている、という…

妖怪が出会う 河野裕子一首評

逆立ちしておまへがおれを眺めてた たつた一度きりのあの夏のこと (河野裕子) 実家に送ってしまって手元に河野の歌集がないので、テキストは 河野裕子 / 永田 淳【著】 - 紀伊國屋書店ウェブストア|オンライン書店|本、雑誌の通販、電子書籍ストア から…

哲学について現時点で思っていること

Wittgensteinの著作を,とりわけ『哲学探究』や『確実性について』を読んでいるとき,これは(間違っているかもしれないが)嘘ではない,と思う.彼のような書き手がいてくれてほんとうによかった. 「嘘である」の意味を間違っているということと解する数学…

パーティーを開く理由:ウルフ『ダロウェイ夫人』

「誰それがサウス・ケンジントンにいる。べつの誰かがベイズウォーターにいる。またべつの誰かがたとえばメイフェアにいる。わたしはたえずその人たちの存在を意識しつづけている。そしてなんてむだなことか、なんて残念なことかと感じる。その人たちを一緒…

ことばは人を孤独にする(いくつかのテキストによせて)

周りの人たちを見ていると、ことばが巧みな人は、「孤独」と言ってもいいかもしれないものを抱えているように見えることが、多い気がする。と言っても、観測した例は三人くらいだし、「ことばが巧みな人」ってどういう基準があるんだと言われたら答えられな…

いつか行ってしまう友人のこと:榊原紘「悪友」から一首

(さかきばらさんの「榊」はカタカナの「ネ」に似たほうの示偏のようなのですが、変換できないので代用しています。すみません。) 立ちながら靴を履くときやや泳ぐその手のいっときの岸になる (「悪友」) 榊原紘さんの連作「悪友」(『ねむらない樹 vol.4…

連作7首_さしだしもの(M・Mに)

死者とはなす口もたぬゆえときどきは中空にそよと泳がす目 やった! かつ丼だ! しかし豚さんのスマイルぼくに投げかけられて 焼くと色が変わるのってよいよね 赤いままだと食べられなかった 死者にくちないわけでなくたとえば垣根の椿などにはたぶん きみの…

正月特別企画:自己紹介

これを書いている今、正月休みなのですが、暇を持て余してしまいました。何か書こうと思うのですが、よいネタがありません。そこで、自分のことについて語ろう、自己紹介をしよう、と思い立ちました。 〇僕の生まれ 悪魔が地上を歩き回り、ふらついてきたよ…

二次創作:占い師と作家の話

名を呼ばれ城門へ向きなほるとき馬なる下半身があらがふ (川野芽生『Lilith』) ------- そうか、話してくれてありがとう。あなたの話を聞いていて、思い出したことがある。僕の叔父さんの話をしていいだろうか。 僕の叔父さんは変わり者だった。首都の大学…

ことばとことばをつなぐ橋:牛尾「TOKYO 2020」

さっき読んだばかりなんだけど、牛尾今日子さんの短歌連作「TOKYO 2020」(【短歌7首】TOKYO 2020 — 牛尾今日子 – うたとポルスカ (utatopolska.com))が、心地よく心に引っかかっているので、感じたことを急ぎまとめておく。 ポケットに財布の入るジャンパー…

『Lilith』から好きな歌を三首

もし、僕を信用してくれるという奇特な方で、日本の本屋さんから本を買えるという人は、悪いことは言わないから今のうちに川野芽生『Lilith』(書肆侃々房、2020年)を買っておくとよいと思う。たぶん後で買っておいてよかったと思う日が来る。 だいたい、(…

竜を助けに行く旅:川野芽生「白昼夢通信」

例えば、映画「ホビット」では、竜を退治するためにドワーフたち、魔法使い、ホビットが仲間になって旅に出る。しかし竜はと言えば、洞窟のような都市の中でひとり眠っている。仲間がいないみたいなのだ。竜はあんなに大きいから、仲間といっしょにいたいと…

前触れだけの夏:笹原玉子『偶然、この官能的な』から

私事で申し訳ないが、今日、お中元が届いて、箱の中には袋に包まれて四角いドライアイスが入っていた。家には水をためる大きな容れ物がないので、アルミボウルに水を張って、そこに浮かべてみる。煙が勢いよく出るが、ちょっとすると出なくなってしまう。観…

杉並区周辺のスケッチ(2)

探偵業を引退した後、エルキュール・ポアロはかぼちゃ栽培に勤しんだという。同じかぼちゃ栽培をわが天職と考える私にとって、ポアロは憧れの存在である。私も今の仕事をやめたら、思う存分かぼちゃを栽培したいと思っているが、実現するか、それはいつなの…

転向礼賛:松村栄子「僕はかぐや姫」感想

「なのにそうした信念が、たった一筋の陽光の前にへなへなとくずおれてしまうことにふがいなさを感じて絶望したり、幾度か卑劣な転向を考えてみたりした」(p. 18) 松村栄子「僕はかぐや姫」(『僕はかぐや姫/至高聖所』、ポプラ社、2019年)を読んだ。この…

杉並区周辺のスケッチ(1)

「マスクを捨てて町へ出よう」、本当に? 僕は懐疑する。というのも、僕は町を知らないから。(知らないまま)町に出ると、人々はしっぽを持っている。それで首を絞めるのである。なるほど、首を絞められれば息をせずに済み、息をせずに済めばマスクをする必…

覚え書き:『ケミストリー』(ウェイク・ワン著、小竹由美子訳)

『ケミストリー』(ウェイク・ワン著、小竹由美子訳)を読んだ感想を、以下に書かせていただく。だいぶ前に読んだので、忘れてしまった箇所も多いが、とりわけ印象に残ったことを、二、三点記しておく。 まずはつまらない指摘から。本の帯で、「血のにじむ努…